「赤ちゃんが生まれたばかりなのに、何だか気分が沈む…」「育児が辛くて、涙が止まらない…」
そんな悩みを抱えているママ、もしかしたらそれは産後うつかもしれません。産後うつは、出産後に発症する気分障害の一つで、母親だけでなく、赤ちゃんの発達にも影響を及ぼす可能性があります。
産後うつは決して珍しいものではなく、世界的に見ると、その罹患率は0.5%から60.8%と非常に幅広く、決して他人事ではありません。 イランでは、母親の約3人に1人が産後うつを経験しているという報告もあります。
産後うつを引き起こす要因は様々ですが、その中には、配偶者からのサポート不足、経済的・社会的要因、過去の精神疾患、妊娠中の合併症、家庭内暴力などが挙げられます。 そして近年、注目されているのが栄養状態と産後うつの関係です。
妊娠中や授乳中は、ホルモンバランスが大きく変化し、身体は多くの栄養を必要とします。この時に栄養が不足すると、産後うつのリスクが高まる可能性があるのです。
そこで今回は、産後うつと栄養の関係について、最新の研究結果を交えながら詳しく解説していきます。
栄養不足が産後うつを引き起こすメカニズム
私たちの身体は、食べ物から栄養を摂取し、それをエネルギーに変えたり、身体を作る材料にしたりしています。そして、心身の健康を維持するためにも、栄養は欠かせません。
例えば、神経伝達物質と呼ばれる、脳内の情報伝達を担う物質の合成にも、様々な栄養素が関わっています。神経伝達物質には、気分や感情、意欲、睡眠などに深く関わるものが多く、これらの物質のバランスが崩れると、うつ病などの精神疾患のリスクが高まると考えられています。
妊娠中や授乳中は、ホルモンバランスの変化や、赤ちゃんへの栄養供給などによって、母親の身体は大きな負担がかかります。そのため、普段よりも多くの栄養素を必要とするのです。
しかし、この時に栄養が不足すると、神経伝達物質の合成がうまくいかなくなったり、脳の働きが低下したりして、産後うつを発症しやすくなると考えられています。
産後うつリスクを高める栄養不足
それでは、具体的にどのような栄養素が不足すると、産後うつのリスクが高まるのでしょうか?
イランのクム医科大学の研究チームが、2003年から2020年までに発表された関連する研究論文を分析した結果、ビタミンD、鉄分、葉酸、炭水化物の不足と産後うつの関連性が指摘されています。
また、野菜不足も産後うつリスクを高める可能性があることが分かっています。反対に、果物、野菜、魚、穀物、海藻、ハーブなどをバランスよく摂取する食生活は、産後うつの予防に効果が期待できるという研究結果もあります。
以下では、それぞれの栄養素と産後うつの関係について、さらに詳しく見ていきましょう。
ビタミンD
ビタミンDは、カルシウムの吸収を助け、骨の健康維持に欠かせない栄養素ですが、実は精神状態にも影響を与えることが知られています。
ビタミンDは、日光を浴びることで体内で合成されますが、現代人は室内で過ごす時間が長いため、不足している人が少なくありません。また、ビタミンDを多く含む食品は限られており、魚、卵黄、強化牛乳などに多く含まれています。
いくつかの研究では、ビタミンDの不足は、産後うつリスクの増加と関連していることが報告されています。
例えば、イランで行われた研究では、ビタミンD値が低い女性は、産後6〜8週間でうつ病のリスクが高くなることが明らかになっています。
また、妊娠後期から産後8週間にかけて、毎日2,000単位のビタミンDを摂取することで、産後うつのリスクを減らせる可能性も示唆されています。
さらに、メタ解析(複数の研究結果を統合して分析する研究手法)では、ビタミンD値が50nmol/l未満の女性は、産後うつのリスクが3.67倍に上昇することが報告されています。
臨床試験においても、1日2000IUのビタミンD摂取が、うつ症状の軽減に効果があることが確認されています。
これらの結果から、ビタミンDは産後うつの予防と改善に重要な役割を果たしていると考えられています。
ビタミンB群
ビタミンB群は、エネルギー代謝や神経伝達物質の合成など、様々な役割を担う栄養素です。ビタミンB群は、ビタミンB1、B2、B6、B12など、複数の種類があり、それぞれ異なる働きをしています。
産後うつとビタミンB群の関係については、明確なエビデンスはまだ限られていますが、いくつかの研究でその関連性が示唆されています。
例えば、ビタミンB1(チアミン)は、神経伝達物質の合成やエネルギー産生に不可欠で、不足すると脳幹の変化や抑うつ症状が現れる可能性があります。
また、ビタミンB2(リボフラビン)の適度な摂取は、産後うつのリスクを軽減する可能性も示唆されています。
ビタミンB6(ピリドキシン)は、セロトニンやドーパミンなどの神経伝達物質の合成に重要な役割を果たしており、うつ病患者では、ビタミンB6の不足が見られることが報告されています。
しかし、ビタミンB12については、産後うつとの関連性を示す研究結果はありません。
鉄分
鉄分は、血液中のヘモグロビンの構成成分であり、全身に酸素を運ぶ役割を担っています。鉄分が不足すると、貧血を引き起こし、疲労感、倦怠感、息切れ、動悸などの症状が現れます。
妊娠中は、赤ちゃんの成長に伴い、多くの鉄分が赤血球の産生に利用されるため、鉄分不足に陥りやすい状態です。
鉄分不足と産後うつの関係については、いくつかの研究で関連性が示唆されています。
例えば、貧血の女性は、そうでない女性に比べて、産後うつを経験する割合が高いという報告があります。
妊娠中の貧血を改善することで、産後うつのリスクを減らせる可能性も示唆されています。
しかし、鉄分の摂取量を増やしても、産後うつの発症率や症状に変化が見られなかったという研究結果もあり、鉄分と産後うつの関係については、さらなる研究が必要です。
葉酸
葉酸は、ビタミンB群の一種で、細胞の分裂や増殖に不可欠な栄養素です。妊娠初期には、赤ちゃんの神経管閉鎖障害のリスクを減らすために、葉酸の摂取が推奨されています。
葉酸は、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンといった神経伝達物質の合成にも関与しており、葉酸の不足は、うつ病のリスクを高める可能性が指摘されています。
中国で行われた1,592人の妊婦を対象とした研究では、妊娠中から6か月以上葉酸を摂取していたグループは、産後6か月後および12か月後のうつ病リスクが低下したという結果が出ています。
必須脂肪酸
必須脂肪酸は、体内で合成することができないため、食事から摂取する必要がある脂肪酸です。必須脂肪酸には、オメガ6系脂肪酸とオメガ3系脂肪酸の2種類があります。
オメガ3系脂肪酸は、脳の機能維持や精神状態の安定に重要な役割を果たしており、不足すると、うつ病や不安症のリスクが高まると考えられています。
いくつかの研究では、オメガ3系脂肪酸の摂取量が多い人ほど、産後うつのリスクが低いという結果が出ています。
しかし、オメガ3系脂肪酸のサプリメントを摂取しても、産後うつの発症率や症状に変化が見られなかったという研究結果もあり、オメガ3系脂肪酸と産後うつの関係については、さらなる研究が必要です。
炭水化物
炭水化物は、身体のエネルギー源となる栄養素です。炭水化物が不足すると、疲労感、倦怠感、集中力の低下、イライラなどの症状が現れます。
炭水化物は、セロトニンの分泌を促す働きがあります。セロトニンは、精神安定作用や幸福感をもたらす神経伝達物質であり、不足すると、うつ病や不安症のリスクが高まると考えられています。
そのため、炭水化物の不足は、セロトニンの分泌量を減少させ、産後うつのリスクを高める可能性があります。
まとめ:バランスの取れた食事と専門家のサポートを
産後うつは、栄養状態と密接に関係している可能性があります。 特に、ビタミンD、鉄分、葉酸、炭水化物などの栄養素が不足すると、産後うつのリスクが高まる可能性があります。
産後うつの予防には、バランスの取れた食事を心がけ、これらの栄養素を十分に摂取することが大切です。
また、産後うつは、栄養状態だけでなく、ホルモンバランスの変化や環境の変化、育児のストレスなど、様々な要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
産後、気分が落ち込んだり、育児が辛いと感じたりする場合は、一人で抱え込まず、早めに医療機関を受診し、専門家のサポートを受けるようにしましょう。
PMID:39100402
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